中央大学父母連絡会 埼玉県支部OB会
令和6年秋 人形町散策
2024年12月7日(土)

 去る12月7日(土)、埼玉県支部OB会は「人形町散策」行事を行い、16名のメンバーが参加しました。コースは、地下鉄「人形町駅」をスタートし、「玄冶店跡」を皮切りに、江戸時代から続く刃物屋の「うぶけや」の店頭に陳列された刃物を眺め、猫探しのご利益があるという「三光稲荷神社」、江戸時代に大流行した富くじ興行の記念碑がある「椙森神社」他、各所を2時間強かけて巡ってから最後は「水天宮」で解散しました。案内は東京都中央区文化財サポーター協会の観光ボランティアガイドさん(4名)に案内して頂きました。
 以下にご報告しますので、ご覧下さい。


【水天宮本殿をバックにガイドさんも一緒に全員で記念撮影】

※警備の人が参拝者に「本殿の撮影」について注意していたので、記念撮影することについて
 確認したところ、参拝する人が「参道で写真を撮る行為が不敬にあたる」ため禁止している
とのことで、参道以外からの撮影は禁止ではないことを確認し安心して撮影しました。  

<散策ルート>

人形町駅(集合)→玄冶店跡→末広跡→うぶけや→
三光稲荷神社→椙森神社→堺町・葺屋町芝居町跡→
大観音寺→日本橋小学校・図書館→小網神社→
谷崎潤一郎生誕の地→蛎殻銀座跡→からくり櫓時計→
末廣神社→甘酒横丁→人形町商店街
→水天宮(解散)



【人形町駅~玄冶店跡~末広跡~うぶけや

 人形町駅A4出口に12時50分集合、13時散策スタートということでしたが、定刻前に全員集合したので、ガイドさんの指示により2班に班分けをし、ガイドさんの簡単な自己紹介と注意事項の説明があり、スタートしたのは13時少し前でした。(筆者は第1班に随行したため、第2班の写真が少ないですがご容赦下さい)
 スタート直後に案内して頂いたのは、「玄冶店(げんやだな)跡」の案内看板でした。「玄冶店」とは、江戸時代初期に幕府の侍医「岡本玄冶」の拝領屋敷がこのあたりにあったことからそう呼ばれていること、後の歌舞伎で演じられた「お富と切られ与三郎」の情話の舞台となって有名になったことなどの説明がありました。そのすぐ横で寄席「末広跡」の礎石、今も営業している「うぶけや」を案内してもらいました。

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三光稲荷神社~椙森神社~堺町・葺屋町芝居町跡

 次に立ち止まって説明を聞いたのは、「三光稲荷神社」で、行方不明になった猫が見つかるというご利益が有名とのことで、沢山の猫の置物が寄贈されていました。その後、伝統工芸「注染」の形紙が壁に展示されている通りを通って、「椙森(すぎのもり)神社」に着きました。ここは江戸時代に「富くじ」で栄えた神社ということで、富塚が建立されており、宝くじが当たるように、とお参りする人が沢山いるそうです。ここで第2班とすれ違いました。その後、マンション駐輪場奥にある「出世稲荷」にお参りしてから「堺町・葺屋町芝居町」で昔は芝居小屋が沢山あった、などの説明を聞き、大観音寺へ向かいました。


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大観音寺~日本橋小学校・図書館~小網神社

 大観音寺では、階段下の通りで人形町商店街の「年末抽選会」(景品は現金つかみ取り)が行われており、三等は硬貨のみ、二等には千円札が、特等には千円札~一万円札が入っていました。大観音寺の鉄造菩薩頭(高さ170cm、幅54cm)は御開帳日(毎月11日と17日)でなかったため写真しか見られませんでしたが、東日本大震災時に他の仏像、仏具は全く動いていないのに、この鉄仏だけお顔の向きが動いていたという話が興味深かったです。大観音寺の後は、高級割烹が建ち並ぶ小路を通ってから日本橋小学校・図書館へ向かいました。日本橋小学校では毎正時に時計から人形が出て音楽に合わせて踊るという説明があったため、あと5分くらいだったのでみんなで待っていましたが、何も起きませんでした。(残念!) また、「小網神社」は福の神として有名とのことでこの日は参拝者の行列が長く続いていて我々はその行列を眺めただけでした。

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谷崎潤一郎生誕の地→蛎殻銀座跡→からくり櫓時計

 小網神社を後にして、日本料理で有名な「魚久本店」の前を通って着いたのは「谷崎潤一郎生誕の地」でした。お父さんが事業に失敗したためここを離れ近くを転々とした、と説明書きには書かれていました。「蛎殻銀座跡」は甘酒横丁入口交差点の案内看板のところで信号待ちの間に簡単な説明を受け、人形町通りを横断してから「からくり櫓時計」を眺めながら人形町通りを水天宮方向に歩きました。

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末廣神社→甘酒横丁→人形町商店街→水天宮

 その後、水天宮前の交差点を左に曲がってから大門通りに入り、「松嶋神社」の前を通ってから「末廣神社」へ向かいました。「末廣神社」は毘沙門天が祀られているとのことで、世界の守護神福徳の神とされているそうです。また、遊郭で名前を聞く「吉原」というのは江戸時代にの末廣神社お参り後は、すき焼き・しゃぶしゃぶで有名な「今半」の前を通ってから甘酒横丁で、たい焼きで有名な大正5年創業の「柳屋」に並ぶ行列を眺めてから水天宮へ向かいました。

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【水天宮での様子】

 水天宮には、妊婦さんや子供を授かった親子が沢山参拝していました。階段下が「駐車場」ならぬ「駐乳母車場」になっていたのには驚きました。我々の参加者は、参拝した人もいたかもしれませんがほとんどの人は「子宝いぬ」の銅像を撫でたり触ったり、アンケートに記入したりしていました。そのうち第2班のメンバーも到着し、アンケートを提出してから全員で記念撮影し、ガイドさんにお礼を言ってから解散しました。15時15分でした。
 解散後は、ほとんどのメンバーは銀座で開催する忘年会に向かいましたが、数名の方は散策のみでお帰りになりました。(忘年会の様子は別のページをご覧下さい)

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【編集後記】

 今回の散策では、中央区の文化財サポーター協会の方々にお世話になりましたが、散策後幹事さんからお礼のメールを送ったところ、『(前略)人形町を街歩きに選んでいただき有難うございます。(中略)案内人はお客様にお聞きいただくことがとっても嬉しいのです。(中略)本当に楽しくご案内させていただきました。(中略)また中央区においで頂ければ本当に嬉しいです。(後略)』とご返事を頂いたそうです。次の散策も中央区が候補になるかも知れませんね。


参加されたみなさん如何でしたか?
大都会の町並み
の中に江戸時代
感じることが出来ましたね!
企画して頂いた
幹事さん
有難うございました!
次回も
楽しい企画
よろしくお願いしま~す!



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